はじめに



「The Other Final」というドキュメンタリー映画をご存知ですか?


サッカーものですが、少林サッカーとは一味も二味も・・・以下略。
この映画を見終わった時
私は感動で涙を流していました。


オランダ人の若者が
「オランダがワールドカップ(WC)の予選で敗退したから。」
その腹いせにある企画を思いついた。
FIFAランキング最下位国とブービーの国との試合をWC決勝当日に行う。
ワールドカップが世界一を決める戦いなら、最下位を決定したっていいじゃん。
・・・・という映画です。

このオランダ人と
先生像への悪戯を今も続けている者達の間には、
少々重なるところがある気がしませんか?

何だかモヤモヤとした若者の心に溜まった塊を
ユーモア溢れる形で表現する実行力、
そしてちょっぴり権威への批判の精神。


ここでお断りしておきたいのですが、
当サイトは過去はともかく将来において
折田先生の銅像「そのもの」への悪戯を推奨する者ではありません。

像の建立に寄与された三高卒業生の皆様や
先生のご遺族の皆様の思いを汚す行為に違いはありません。


とはいえ、
私は「ヤキソバン」を直に見て
声を上げて笑った者の一人です。
大学側が一旦きれいにしても、
再び装飾されて行く様を見て
「まずいだろぉ、それは。」と言いながら、
心の底では「次はどんな風になるのだろう。」
と楽しみにしていました。


後付の言い訳ですが、
あの悪戯に救いがあったとすれば、それは二つ。

一つは、
この大学が「学生による自治」を大切にしているのだと思えたこと。

大学当局側は徹底的な犯人捜しなどは全く行わず、
それなりの温かい目であの奔放な表現を見守り続けていた。
この処し方は如何にも京大的だ。


もう一つは、
「折田先生」なんて知らなかった者たちが
先生が京大の校風の礎を築かれた偉い先生なんだと
あらためて知るに至ったこと。
きっと京大が誇る「自由の学風」を再認識するきっかけにもなっているはず。


当時像を汚した者達には
そんなつもりなど毛頭なかったのだろうが、
今や折田先生は在校生や卒業生にとって
大切な青春の思い出の一つ。

悪戯を行った者達、それを見守ってきた者達、
そして私のような傍観者。
様々な人々の思いが重なり合いながら
十余年もの年月が積み重なり、
今では京大の春の風物詩となった
折田先生のハリボテ銅像。


本当の銅像がなくなった今でも
折田先生の銅像は今も愛され続けているのです。


あのキャンパスで一時期を過ごした者の一人として
今もハリボテを作り続けている輩に感謝。
そうそう。
最初に銅像を汚したことを堂々と名乗られている
とだおっとせい様の漢(おとこ)っぷりにも乾杯しましょう!
先輩の悪行があったからこそ、現在のハリボテが在るのですから。


「自由の学風」がいつまでも大切されることを切に願いつつ。。。。



            2006.3.1   管理人: える会長